「穂村弘と⻄荻窪で何か書かないか?」と提案されたとき、咄嗟に、それはちょっと難しいんじゃないかと思った。
なぜなら⻄荻窪は私にとって、訳もわからずしんどい学校⽣活を送っていた頃の記憶と密接に結びついた町だからだ。そのたった三⽂字を⽬にするだけで、私の気持ちはいつも仄暗くなった。
穂村弘が過去に約20年にわたって⻄荻窪に住んでいたこと、その町を愛していることはエッセイやインタビューからよく知っていた。穂村のエッセイには、⻄荻窪・荻窪周辺の書店名と、そこでどんな本を買ったのかなど、事細かに書かれていることが多くあり、それらの書店にいつかは⾏ってみたいなと思っていた。
しかし、どうしても⾏く気になれなかった。⻄荻窪に対する鬱屈した思いは、むしろ「穂村弘が愛した町」と知ったことで、悪化していた。単に遠ざけていればよかったものが、近づきたいのに近づけない、⾒たいのに⾒たくない、そんな厄介な代物に変わっていて、どう接すれば良いかわからなくなっていた。⾃分だけが、好きなものを純粋に楽しむ権利を奪われているかのような、宛先のない恨みもあった。
こんな状態だったから、記事を書くのは断ろうと思っていた。書くとしても、⾮常に個⼈的なものになってしまうことは避けられないだろうし、そんなものは個⼈のブログに載せるべきもので、⽂学館のWEB に公開するものではないはずだ、と。けれど次第に、⽂学館にいられるのも残り⼀年を切っていて、せっかく記事を書くチャンスをいただいたのに、⾃ら棒に振るのも癪だな(⼀体全体誰に対してなのか⾃分でもわからないが)という気持ちが強まっていった。個⼈的な⽂章になってもいいじゃないか! どうせなら、⻄荻窪に対する怨念を克服するチャンスにしよう。もしも書けなかったら、その時は謝ればいい。若⼲の捨て鉢と無責任さをたぐり寄せることで、ようやく記事に取り掛かる決⼼がついた。

久しぶりの⻄荻窪だった。キンキンに冷えた中央線の⾞内から、ホームに降り⽴ったとき、少し胸が騒いだ。きっと⼊試会場に向かう受験⽣のような顔をしていたと思う。今回の散策の中で、⼀番のお⽬当ては、「古書 ⾳⽻館」。穂村が「⻄荻窪で通っている古書店は?」と聞かれた際に、数ある古書店の中から選んだ店であり、「⾏くたびに必ず「おっ」と思うような本があって」*と評していたからだ。

お⽬当ての古書店は、駅からほんの数分歩くだけで、たどり着いた。かわいらしい⼥の⼦のイラスト付きの扉を開けると、ひしめく本から溢れる静謐な空気に包まれ、緊張がゆるんだ。店内を⾒回すと、左⼿前の棚に、「⻄荻ゆかりの本・作者」というコーナーがあるのが⽬に⼊った。吸い寄せられるように棚の⽬の前に⽴ち、端からじっくり、少しずつ、⽬をすべらしていくと、そこにはなんと、穂村弘の第⼆歌集『ドライ ドライ アイス』があった……!
2021 年に新装版が刊⾏され、⼿に⼊りやすい第⼀歌集『シンジケート』とは対照的に、『ドライ ドライ アイス』は現在絶版となっており、ネットの古書価格は7000 円を超えている。近くの図書館にも蔵書がなく、ずっと読めずにいた歌集だ。息を深く吸い込み、本の⾒返しを開くと、そこには2000円の値札がついていた。あの、幻の歌集が、2000円? 誰に盗られるわけでもないのに、キョロキョロと左右を⾒渡してから、そそくさとレジへ駆け込んだ。
⾵の交叉点すれ違うとき⼼臓に全治⼆秒の⼿傷を負えり
「夏時間」『ドライ ドライ アイス』
⻄荻窪を歩いていると、いろんな記憶が蘇ってくる。
「そういえば⻄友の中を通り抜けるのは禁⽌されていたな」とか、「あそこで急に体調が悪くなってしゃがみ込んだことがあったな」とか、そんな思い出未満の些細な記憶。あるいは、中学⼀年の夏休みの記憶。仲良しグループで「としまえん」に⾏く予定が、急遽私だけ⾏けなくなり、がっかりしていたら、皆がお⾦を出しあって私のために、ラプンツェルのキーホルダーを買ってきてくれたこと。
わざわざ⻄荻窪に降りなければ、⼆度と思い出すことはなかったかもしれない思い出たちが、ふわりと顔を⾒せ、ちくりと胸を刺す。しかしこの胸の痛みは、しんどい学校⽣活を思い出したがゆえの痛みではなかった。あえて⾔うなら、どれだけ抗おうとしても、時の中に呑み込まれ、進み続けるしかない摂理がもたらす痛みだった。

家族にも友だちにも恵まれていたあの頃、私は幸せ者に⾒えていたと思う。けれど、胸の中は⼀⼈いつも吹雪のようだった。
⽂句のつけようもないほど愛されて育ったのに、努⼒しなければ⾃分には価値がないと思っていた。困難な境遇でも、めげずに頑張って⽣きている⼈たちがいるのに、恵まれた環境にある⾃分が努⼒をしないなんて、罪名がついていないだけで、なにかの罪なんじゃないかと本気で思っていた。そしてこんなに苦しいのも、全ては努⼒が⾜りていないからで、全⼒で頑張っていれば、こんな後ろめたい気持ちにもならないはずだと、⾃責の念に押しつぶされそうだった。常に上を⽬指し、昨⽇の⾃分より少しでも成⻑しなくてはいけないと思い詰めた結果、⾼校⼀年の冬、学校に⾏けなくなった。何も頑張っていないのに、⼼はヘトヘトだった。何も頑張っていないのに、親や友だちから「頑張りすぎて、疲れちゃったみたい」と理解されたことに安堵と羞恥を覚えた。
お遊戯がおぼえられない君のため瞬くだけでいい星の役
「聖夜 b 星の役」『ドライ ドライ アイス』
しかし、⼤学⽣活の中で出会った穂村弘は、あの頃の私ががんじがらめになっていたものと、真逆のものに⽬を向ける⼈だった。不完全性や取るに⾜らないもの、偶然性の中にこそ、⽣のきらめきが隠されていることを教えてくれた。
「努⼒しない⾃分には価値がない」という呪いが完全に解けたのかと聞かれると、よくわからない。昔も今も、私はスポ根漫画の類が⼤好きだし、何かに熱中し、努⼒している⼈の姿は紛れもなく美しいと思う。しかし、あの頃のようなヒリヒリとした異様な切迫感はなくなった。無条件に⾃分を愛せるようになったわけではないけれど、怠惰で⽋陥だらけの⾃分を、ごくふつうに肯定できるようになった。

私はいつも、拗らせた⼈間が、何者でもないままに、コンプレックスから抜け出す⽅法が知りたかった。考えつく拗らせ脱却⽅法は、⾎を吐くような努⼒、もしくは誰もが認める華々しい功績を収めることの⼆つしかなかった。けれど、現実にそれらを達成するのは難しそうだったから、隠された抜け道がないか、常にセンサーを働かせていた。
拗らせた⼼を慰撫するのに、⽂学は⼤いに役⽴った。著名な作家や、⽂筆家には何かしらのコンプレックスを拗らせた⼈が多く、彼らの⽂章を読むと、⼼が安らいだ。しかしその⼀⽅で、どれだけ彼ら(私にとっては、穂村弘、太宰治、⾬宮まみ、頭⽊弘樹 etc)の⽂章を読み漁っても、釈然としない思いが残った。「これだけすごい⼈たちでも私の悩みを理解できるんだ」という感動と慰めの裏で、「そうは⾔っても全員成功者だしな」という⾒逃せない注釈がぶら下がり続けていた。「なんだ、さも私と同じような⼈間感を醸し出しておきながら、結局のところ確固たる地位を築いているじゃないか。私は、⾃分と同じような何者でもない⼈間が、⾃分と同じように苦しんでいる⽂章が読みたいんだ」と。どこかにいるはずの魂の双⼦を痛切に求めてきたけれど、やはり何者でもない⼈間の⽂章を探し出すことは困難で、叶えられずにいた。

だから今回、本当に何者でもない私が、何者にもならないまま、拗らせから抜け出すことができて、とても嬉しい。拗らせからの脱出に定法はないのだと思う。私の場合は、穂村弘との出会い、怨念の町・⻄荻窪との出会い直し、そして何者でもない⾃分が何者でもないままに同志に呼びかける⽂章を書けたことの三つが、頑なだった⼼を溶かした。
私はあの頃の苦しみを現在進⾏形で感じられているわけではないから、今、鮮度100%の苦しみに耐えている⼈には、ガッカリされてしまうかもしれない。いつまでも終わらない吹雪のような毎⽇を送っている⼈にとっては、むしろ、私のような存在が最も煩わしいのかもしれない。しかし、⾎を吐くような努⼒をしなくても、華々しい偉業を達成しなくても、ねじれたコンプレックスから抜け出すことはできるのだということを、雪解けの時期は必ず訪れるのだということを、どうしても伝えたかった。どこにいるのか、誰なのかもわからない、けれどどこかにいるはずのすべての魂の双⼦たちに伝えたかった。
だから、もしたまたまこの記事を読んでくれた魂の双⼦がいるのなら、どうか、今が苦しくても、どうか、何か思いもよらない⽅法で苦しみが和らぐ⽇が来るから、と声を⼤にして伝えたい。そして、もし抜け出すことができたなら、どうやって抜け出せたのか、私はあなたの話が聞きたい。
*SUUMO タウン「歌⼈・穂村弘が語る、『お⾦と物質』以外の価値観を求める⼈へ、荻窪・⻄荻・吉祥寺の魅⼒。」<https://suumo.jp/town/entry/kichijoji-homurahiroshi/>

